前国際協力銀行総裁・近藤章氏が語る 日本経済の「敗戦と希望」 | QuestHub Insights

前国際協力銀行総裁・近藤章氏が語る 日本経済の「敗戦と希望」

令和時代の日本経済には、希望はあるのか。
平成は日本経済にとって「失われた30年」だったと言われている。バブル崩壊に端を発した不景気は長期化し、山一證券や拓殖銀行の破綻に至った。2000年代に入っても長期のデフレや不良債権の処理にもがき、リーマンショックや東日本大震災に見舞われた日本経済は低成長率にもがいた。その間、平均で年率10%近い経済成長を続けてきた中国は超大国として台頭し始め、米国はGAFAと呼ばれる巨大IT企業を生み出すイノベーションの地として存在感を保っている。
激動の平成の30年間において住友銀行取締役ニューヨーク支店長・常務取締役、ソニーグループCIO、AIGジャパン・ホールディングス副会長、カルビー社外監査役などの要職を歴任し、直近では国際協力銀行(JBIC)総裁としてグローバル金融システムの最前線を渡り歩いてきた近藤章氏に、令和時代の日本経済の「希望」を聞いた。

₍撮影:QuestHub₎

東京銘柄の埋没と「IT・インフラ・エネルギー敗戦」

本社を東京に置く『東京銘柄』の過去20年の株価成長率は34%だったのに対し、本社を東京以外に置く企業の株価成長率はほぼ2倍の64%。平成元年以降でみると、例えば京都の企業の株価成長率は307%。それに対して、東京はなんとマイナスだ。(経団連の正副会長の出身企業の)経団連銘柄で見ても過去5年間での株価成長率はわずか5%。日経平均をアンダーパフォームしている【注1】。IMD世界競争力ランキング【注2】で見ると、日本は平成元年には1位だったのに、今や64か国中30位にまで落ちている。64か国中最下位の項目は『経営陣の海外経験』。経団連の現正副会長のなかで、海外でビジネスを経験している人は会長の中西宏明氏ほか数人のみ。国全体としてのITリテラシーも低い。日本のITは強いというように思う人も多いかもしれないが、64か国中63位くらいである。ユーザーのリテラシーは高いが、生産側に問題がある。


三菱総合研究所(IMD「世界競争力年鑑」各年版より作成)から引用

【注1】日本経済新聞「『東京銘柄』埋没は訴える 京都企業を超えろ」より
【注2】IMD世界競争力ランキング:スイスのビジネススクールIMD(International Institute for Management Development)のIMD世界競争力センターが1989年から公表している国際競争力のランキング。

IT敗戦は平成から始まった。日本はオープンシステムに移行できず、ガラパゴス化してしまった。仕様書を英語で書かないのでオフショアリングできず、コストの低いリソースにもアクセスできない。これでは勝てるはずがない。
なぜ(NTTドコモの)iモード、(シャープが販売していたPDAの)ザウルスは世界に出られなかったのか。ウォークマンもスマートフォンへの変化ができず、Appleに負けてしまった。これは日本企業全体の問題だ。Suicaに使われているハイスペックなFelicaも、グローバル規格にはなれなかった。ハイスペックすぎるがゆえ、日本、シンガポール、香港でしか使われていない。これはマーケティングの失敗ではない。JR東日本の要請で作ったので、受け取る側に求められるセキュリティのレベルが高度すぎたと思う。結局、日本に近い環境でしか使われずにグローバルの市場を勝ち取れなかった。

インフラもそうだ。およそ10年前に中国の新幹線で事故【注3】があった。そのイメージがいまだに根強いが、実は今は全然違っていて、今や質はかなり高い。というのも、日本の新幹線は総延長約2,700kmで車両製造は4社で分担。一方、中国の新幹線は総延長約2万km以上で、しかも車両製造業者を2社から1社に減らした。工業製品のラーニングカーブの立ち方を考えれば、たくさん作るメーカーが勝つ。ミスがあるたびに修正することができるのだから、その分、性能はよくなっていく。日本の新幹線はもはや性能面でみても競争力はないと思う。大規模にたくさんやっている国に勝てるはずがない。日本の新幹線は箱庭でやっているようなもので、そもそも曲がりくねった新幹線に適応する技術は世界に通用するものじゃない。質の高いインフラ輸出というが、日本が新幹線の輸出で勝てたのは円借款で出したインド【注4】のみ。これも遅々として進んでいないと来ている。インドは中国との関係が悪いなどの政治的理由もあったからで、マレーシア、シンガポールで日本の新幹線が負けたのは負けるべくしてのことだ。

【注3】2011年に浙江省温州市で起こった追突脱線事故。約40名の死亡者、約200名の負傷者が出たとされる。
【注4】2015年12月の日印首脳会談にて、ムンバイ‐アフマダーバード間(約505km)の高速鉄道に日本の新幹線方式を採用することで合意。総工費約9,800億ルピー(約1.5兆円)のうち、円借款は最大で81%と決まった。

どれだけ日本が国際競争力を失ってしまっているか。国にはその認識がとにかく薄い。経済産業省に産業政策がないことが問題だ。例えばIT産業。ITのクラウドのハブになるための最低の条件は、ITの運用能力だけでなく(競争力の高い)電力料金だ。結局、安いところに集まる。日本にはそんな産業政策はない。原子力発電を廃止して、コストの高い再生エネルギーをやっている。一方でIT産業を振興すると言いながら、電力の状況はこの通り【注5】。悪い冗談ではないか。高度成長期の産業政策はある意味正しかったが、今はそんな政策が存在していない。


経済産業省資源エネルギー庁「国際的なエネルギーコストの比較」から引用

―原子力を専攻していた大学の同期が日立に就職して、原子力産業を盛り上げていこうとしていましたが、日立は原子力から撤退【注6】してしまいました。

イギリスでやっていた原子力発電事業についていえば、イギリスは原子力がなくとも、風力で安い電力を作ることができる。日本の原子力発電所はもはや全滅。3.11以降新しく作っていないし、修繕も少なくなって廃炉の方向にかじを切っている。さらにメーカーも東芝、三菱重工、日立など多すぎる。最近になって東芝と三菱重工が原子力から撤退。廃炉作業を日立に集中させればよいのだが、そういった産業政策を打つこともできない。

【注5】産業用電気料金の国際比較:日本15.8(米セント/kWh)に対し、米国は6.8、英国は12.5である。
【注6】2019年1月、日立製作所は英西部ウェールズで計画してきた総額200億ポンド(約2兆8000億円)の原発建設を凍結し、事業を中断すると発表。建設費用の高騰を主な理由とした。

日本は「英国病」を打破できるか

―それは、なぜでしょうか?

英国病によるものだ。ここでいう英国病とは、1960年代からのイギリス社会主義政権による『ゆりかごから墓場まで』と『企業の国有化』、これらの政策に端を発する問題【注7】のことだ。今の日本は実はこれに近い状況にある。企業の国有化はおこなっていないものの、国はゾンビ企業【注8】を必死に延命させている。そのために株を買い支えて、株価さえ動かしている。ディスプレイや半導体はまさにその例だ。でも本来、競争力のないものはすぐ潰すべきだ。競争力のないものの延命を図ることの効果は、まさにイギリス社会主義政策と同じ効果でしかない。50年前にイギリスで起こったのと同じことを、今の日本は繰り返そうとしている。

イギリスでは、1960年代からサッチャーが現れる70年代の終わりまで、労働意欲は落ち、労働組合が強くなって社会には不満が募った。その間、オイルショックによるインフレが起こってどういう結果になったか。僕が銀行に入ったころ、英ポンドは1ポンド1,068円だったのが70年代初めに900円台に切り下げ。ニクソンショック【注9】でどんどん下がっていき、80年代後半のプラザ合意まで下がり続けて300円までいった。60年代の終わりから80年代の終わりまでの20年間の間に、円ベースで1,068円から300円台まで下がった。これが英国病の結果である。今や130円台だ。

ただ、価値が下がったとは言っても、ポンドのレートは対円でみると80年代頃からは横ばいになり、何とか価値を保っていた。これには3つの要因がある。1つは北海の油田。原油の輸出によって経常収支が大幅に改善した。2つ目はシティの存在。モノについては競争力を失ったが、金融サービスの競争力はそこまで下がらず、ウォール街と対抗できるような世界の金融の中心になることができた。そして3つ目にサッチャーは金融ビッグバン【注10】をおこない、シティを復活の原動力に据えた。原油に支えられながら改革を進め、かつて国有化した企業もどんどん国有化から外したが、国有化から外した企業は競争力を取り戻したかというと、もちろん取り戻さなかった。もともと競争力がないから、国有化を外したらそういう企業は潰れていった。新陳代謝が生まれた。その後、イギリスはITも強くなった。現在のITの中心はアメリカのシリコンバレーと東海岸というが、3つ目の中心は実はロンドンだ。

―ロンドンはなぜITで強くなれたのですか?

第一の要因は、英語。当たり前だが、彼らは全部英語で仕事ができる。第二の要因は電力料金。イギリスは原発をたくさん作り、安い電力を供給できる。日本にはない英語と資源を武器に英国は戦った。これから人口が減少していく日本が同じ状況になったとき、日本はどうしていくのか。

【注7】社会保障制度の充実や基幹産業の国有化等の政策が実施された結果、社会保障負担の増加、国民の勤労意欲低下、既得権益の発生などの問題が生じた。
【注8】ゾンビ企業:経営が破綻しているにもかかわらず、銀行や政府機関の支援によって存続している企業・会社のこと。ゾンビ企業が増えると経済の効率性が下がり、経済成長を妨げるといわれる。
【注9】ニクソンショック:1971年にアメリカ合衆国連邦政府が、それまでの固定比率(1オンス=35ドル)による米ドル紙幣と金の兌換を一時停止したことによる、世界経済の枠組みの大幅な変化を指す。
【注10】イギリス証券市場の相対的地位の低下やテクノロジーの発展・取引所以外での取引の拡大を受け、1986年に手数料の自由化や単一資格制度の廃止などの改革が実施された。


人口減少は、実はイギリスでも起きていた。その対応としてサッチャーが採ったのが移民政策だ。日本にそれをやっていく覚悟はあるのか。また、日本の場合は移民の受け入れるにしても言語(英語)の壁がある。高度な人材を採るとなったとき、日本語という条件が付くとセカンドティアの人しか来られない。例えばITの最先端にいる人間が、日本語をやるとは思えない。

―まさしくそう思います。今日本に来てくれている外国の高度人材たちは、日本文化に惹かれてきてくれるような、ある種の『物好き』な人が多いのではないでしょうか。

物好きな人が日本語をやっているというのは趣味の領域。本当にビジネスをやるなら、英語を選ぶだろう。ビジネスパーソンとして、自分の名札の下に高い“値札”をつけたかったら英語をやるという選択は当然。だから日本人のビジネスパーソンも英語をやるべきなのだ。

非ネイティブの英語戦略と日本ブランドの輸出

英語といっても色々ある。まずは日常英語、次がビジネス英語。更に難しいのは何かというと、コリドートーク。国際会議でビジネスの会話が終わった後、廊下で出口までの間に一言、合意事項について確認できるかどうか、これが大きい。分かりやすいのは刑事コロンボ。コロンボが容疑者と会って部屋を出るとき、『ところで奥さん…』などと話をする。これが効く。コリドートークは非常に重要で、これができるところまでいかなければいけない。

もっと難しいのはディナートーク。ディナーの席で隣の奥さんから出てくる話に対応するのが大変。日本のビジネスマンでNYに住んでいる人は、ミュージカルは観ていると思うが、コンサートには弱い。日本人のクラシックに対する理解力は低く、『マーラーの…』なんて言われてしまうと困ってしまう。さらにハードルが高いのは、日本でいう桃太郎や親指姫のような向こうの人にとってはある意味常識のようなものを理解すること。金利の話やトランプの話、ビジネスの話ならいいが、マーク・トウェインやら今期のニューヨークバレエやらといった話はアメリカに17年住んでもなかなか大変だった。ディナーの場にいるのはビジネスマンだけではないから、それが難しい。このハンディキャップはなかなか大きい。この通り、英語は重要なのに、なぜ若い子たちがきちんとやらないのかわからない。なぜだと思う?

―英語ができれば”値札”の数字が上がるということはみんな分かっていますが、それでも、日本でそれなりの生活をしていくには英語は必要ないという意識があるのではないでしょうか。

しかし、さっきの英国のように円の価値が下落したらどうなる?例えば、円ドルが200円になったらガソリン1Lがいくらになるか。そうなったらハイパーインフレになってしまう。円安がいいなんて言うのは馬鹿げた刷り込みであって、通貨は強いほうがいいに決まっている。ポンドの価値が下落した英国は、先ほどの北海油田や金融でなんとか国力を維持したけれど、こういうものがない日本はどうなってしまうのか。

―製造業、IT、インフラも厳しい中で、日本が国際的に戦っていけるのは地方の観光資源や特産品を活かしたメーカーや飲食店ではないでしょうか。

確かにそういう分野に世界で戦っていけるものはある。例えば、ハバロフスクでは日揮が大きな温室でトマトを栽培している【注11】。ハバロフスクの人口は60万人ほどだが、生鮮食料品はヨーロッパから飛行機で持ってくるか、安くて質が劣化したものを中国から汽車で輸入するかしかない。そこで日揮は新鮮なトマトを3倍から4倍の値をつけてハバロフスクで売っている。これでも、ヨーロッパから空輸するより安いからきちんと売れる。うまくアービトラージを取っている。この事業はもっと拡大する計画があって、例えばイチゴも作ろうとしている。認可がなかなか下りないが、これも絶対売れるだろう。ただ、このビジネスには他にも難しい点がある。日本のイチゴ農家が現状に満足している場合が多くて、海外に繰り出そうという農家がなかなかいない。

―確かに農産物はGDP比でみて明らかに輸出額が低いです。中には世界で戦っていけるものもあるはずなのに、「国内でやっていくので精いっぱいだ、十分だ」としてやらないところが多いです。


これはまた違う話だけど、知多半島は名古屋コーチンの産地として有名で、たくさん養殖している。名古屋コーチンは日本でも定価の3倍近い値段が付くブランド種で、これを海外展開しようと考えたことがある。具体的には、JBIC(株式会社国際協力銀行)が海水淡水化プロジェクトで協力しているカタールで展開しようと考えた。カタールはインド人、ユダヤ人が多くて牛も豚もだめだから鶏肉を食べる機会がとても多い。なのに、その鶏肉はブラジルから冷凍で送られてきたものばかりで美味しくない。だから、僕は愛知県が選挙区で副環境大臣も務めていた伊藤忠彦さん【注12】にJBICの融資で名古屋コーチンをカタールで養鶏しないかという提案をしたが、それに乗ってきてくれる養鶏業者さんはいなかった。副環境大臣が言ってもこうなのだ。資源開発で数千億円出すのは出資側にとってもかなりリスクが高いが、カタールの養鶏場なら数十億円の出資でできる。なかなかうまい投資になるはずなのにできないのは歯がゆいし、若い人はやる気がないのかと不安になってしまう。名古屋コーチン、とちおとめ、養命酒。世界に出していけるブランドはいっぱいあると思う。

【注11】日揮はハバロフスク市において、「養液栽培」手法を用いた温室で野菜の生産・販売事業をおこなっている。特に極東地域では温室が不足しており、夏季以外には地元産の農産物が入手しづらい状況にある。通年で農産物を供給するこの事業は、日露両国からの注目を集める。

日揮ホールディングス株式会社HPより
【注12】伊藤忠彦氏。愛知県第八区選出、自由民主党所属の衆議院議員。

デットからエクイティの世界へ

―ここでお伺いしたいのですが、副大臣が勧めても農家がやらないなんてお話がありましたが、上場企業の世界で考えたとき、アクティビスト【注13】などを通じた市場からの企業への要請、対話ついてはどのようにお考えですか?

上場企業はお金を貯めこみすぎ。あれは結局保身だ。経営者は4、5年で交代するから自分の時に大過なく過ごしたいと『事なかれ主義』に走っている。だから経団連正副会長を中心とする東京企業は伸びない。金融もITも敗戦している日本の大企業が海外でうまくやるというのも厳しい話だろう。
金融の世界はもうデットからエクイティの世界に移っている。これからは一気にお金を融資したりするのではなくて、長期・継続・分散投資をやる時代。要はファンドの時代になっていて、日本の銀行・証券はついていけていない。経産省はじめ各省はファンドを作るたびに失敗している。日本人は貯蓄率も高いし、借り入れの金利にもうるさい。デットの世界には勘がいいけど、投資については全く教えられていない。投資教育がないからその能力もない。日本のエリートの中に自分で株式投資した経験者は何人おられるのか?ゴルフ場やリゾート会員権で損をした人はいたとしても。
僕がアメリカにいたころ、隣に住んでいたユダヤ系の裕福な家には子供がいたが、その子供はユダヤ式の元服の際におそらく10万ドル近くのお祝い金をもらっていた。その子に、お金はどうしたのかと聞くと、パパから株式投資をしなさいと言われたと。それで彼はディズニーとマクドナルドの株を買った。15年以上前だから、今ではその10万ドルは100万ドルになっているはず。日本の経団連企業の正副会長は、自分で株式投資をしたことがないだろう。1回もやったことのない人がいきなりエクイティになんて言っても、無理な話だ。

【注13】アクティビスト:「もの言う株主」のこと。株式を一定程度取得した上で、投資先企業の経営陣に積極的に提言をおこない、企業価値の向上を目指す投資家。

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