アサヒG、1.2兆円豪ビール買収を発表 日本の大型買収の「相場観」を点検する | QuestHub Insights

アサヒG、1.2兆円豪ビール買収を発表 日本の大型買収の「相場観」を点検する

19日、「アサヒスーパードライ」で知られるビール大手のアサヒグループHDが、世界最大のビール会社アンハイザー・ブッシュ・インヘブ(AB)のオーストラリア事業であるカールトン&ユナイテッドブリュワーズ(CUB)を買収すると発表した。買収価格は実に約1.2兆円にのぼる。

ビールやウイスキーといった酒類メーカー業界において、大型M&Aは度々行われている。代表的なのが2014年のサントリーHDによる蒸留酒大手ビームの買収。バーボン・ウイスキーで世界最多の販売数量を誇るジム・ビームなどで知られる同社の買収価格は1.6兆円だった。アサヒグループも2017年に、ABの中東欧ビール事業を約8700億円で買収している。

ただし、中には失敗例もある。キリンHDが2011年に約3000億円で買収したブラジルのビール会社スキンカリオールは買収後業績不振に。2015年に1100億円の特別損失を計上し、結局2017年に770億円で売却することとなった。

M&Aの成否を分ける要素は外部環境の変化や買収後のマネジメントなど様々あるが、中でも最も重要な要素の一つが「いくらで買ったか」だ。企業買収とは、突き詰めれば対価を支払って企業を買い取ること。実力よりも安い価格で買えればお得と言えるし、どんなに良い事業でも割高で買ってしまうと元を取るのが難しい。
(QuestHub Insights編集部)


アサヒグループHDの主力製品「アサヒ―スーパードライ」、編集部撮影)

企業価値の測り方

では、企業の価値はどのようにして測られるのか。企業買収において最も一般的なのが、企業が将来的に生み出すキャッシュフローを一定の割引率で現在価値に換算し、それを総和して算出する「ディスカウンテッドキャッシュフロー法(DCF法)」だ。

ただし、DCF法は将来キャッシュフローや前提とする割引率の算出が複雑で、外部の人間がDCF法を用いて買収価格の高い安いを検証することは難しい。より簡易的に企業の割安・割高を評価できるのがEBITDA倍率だ。EBITDAとは税引前純利益に特別損益と支払利息、減価償却費を足し戻した利益指標で、国ごとに異なる金利や税制の影響を除いた、基本となる利益として使われる。簡易的には営業利益に減価償却費を加えることで算出できる。

そのEBITDAの何倍の買収価格となったのかを示すのがEBITDA倍率だ。例えば、今回のアサヒグループHDによるCUB買収の場合、買収価格は1.2兆円で、2019年12月期の予想EBITDAは830億円なので、EBITDA倍率は約14.4倍となる。サントリーHDビーム買収で約20倍、キリンスキンカリオール買収で約16倍だ。

一般的に相場とされているのは8倍から10倍で、日本有数の買収上手とされている日本電産の永守重信会長は10倍以下を目安としている。ただ、もちろん企業の成長性や買収後のシナジーでも変動する。

大型買収にて時折取りざたされるのが「大型買収では高値掴みしている」という批判だ。例えば、東芝が2006年に買収した原子力発電関連会社ウェスティングハウス・エレクトリック・カンパニー三菱重工との争奪戦が加熱した結果、2000~3000億円と見られていた買収価格は6400億円へ膨張。後に巨額の減損損失を被ることになった。減損の背景には東日本大震災に伴う原発市況の冷え込みという特殊事情もあるが、買収価格の高騰で傷がより深まったといえる。

そこで、2009年以降の約10年間における、日本企業による主な買収価格5000億円以上の買収案件18件を調査した。結果をまとめたのが以下の表だ。買収金額は発表時、EBITDAは買収時の直近通期をベースにしている。買収時の開示資料にEBITDAの掲載が無い場合は、被買収企業の決算資料や当時の報道をもとにしている。また、日立製作所ABB社買収のように100%買収でないケースもある。その場合は100%買収換算したEBITDA倍率を計算した。

(出所)各社開示資料、及び当時の報道をもとに作成
(注1)取得価格および為替レートは発表時の数値
(注2)被買収企業が発表している買収当時の数値(*で表記)
(注3)100%買収でない場合の買収は取得割合に応じて算出(**で表記)
(注4)税引前利益の数値(***で表記)
(注5)ABB社が用いる経営指標Operational EBITDAの数値(****で表記)
(注6)平均値および中央値の計算は、 (注4)を除く(*****で表記)
(注7)キヤノンのEV/EBITDA倍率は当時の報道をもとに作成

全体の状況から見ていくと、EBITDA倍率の平均は15.1倍(EBITDA開示の無かった保険各社の数値を除いて計算)。極端な“高値掴み感”は無いが、相場とされる10倍と比べるとやはり割高水準ではある。ここ10年間の日本経済はリーマンショックから立ち直り、企業の買収意欲も増していった期間だ。ただ、買収時期とEBITDA倍率に明確な相関は見られない。

ちなみに、今回のアサヒグループCUB買収の14.9倍はほぼ平均並みと言えそう。また、同社が2016年に買収したABの中東欧事業はEBITDA倍率14.8倍なので、概ね15倍弱を目安にしていることがうかがえる。

業界別に見ると、保険会社の数が多く、損保保険ジャパン日本興亜によるエンデュランス・スペシャルティHD買収を始め、全17件中5件が保険会社によるものだ。これらの案件はEBITDAを開示していないため、代わりに税引前利益を用いて倍率を計算したところ、こちらも15倍前後の水準だった。

SBGによる英ARM買収のEBITDA倍率は37倍

個別の案件で目を引くのがソフトバンクグループによる半導体設計大手アームの買収だ。EBITDA891億円に対して買収価格は約3.3兆円なので、EBITDA倍率は実に37倍と平均を倍以上上回る(アームのEBITDAはアームの開示資料から3月期換算ベースの数値を使用した)。

アームは半導体設計に関わる知財を提供する会社で、業界内のポジションは盤石に近い。さらに、半導体会社業界の半導体特有の巨額設備投資を必要としないため、高い収益性を誇る。かつ、買い手のソフトバンクグループを率いるのは稀代の投資家、孫正義氏だ。買収価格を支持する要素は揃っているが、それでもなお割高感を否めない水準だ。

他には、カメラ・事務機器大手キヤノンによる東芝メディカルシステムズ買収、ルネサスエレクトロニクスによるインテグレーテッド・デバイス・テクノロジー買収、サントリーHDによるビーム買収の3つが20倍超えで、割高感の懸念される案件として挙げられる(東芝メディカル数値は報道ベース)。

EBITDAについての記載が無かったため”参考記録”ではあるが、指標上の割高感で群を抜いているのがJTによる「ナチュラル・アメリカン・スピリット」の米国外事業買収だ。JTは2007年の米ギャラハー買収を成功させるなどM&A巧者で知られるが、この買収における税引前利益倍率は285倍とまさに桁違い。そもそも売上高が176億円(買収時)なので、売上高倍率の時点で34倍にもなる。割高感という意味では、表の中でも突出しているといえる。

ただし、必ずしも割高買収がその後の損失に直結するわけではなさそうだ。買収価格が高ければ減損リスクが高まるが、表の買収案件のその後を追うと、倍率の低い買収でも減損は起きている。

例えば、日本郵便による物流企業トールの買収案件がそれだ。2015年に6200億円で買収したものの、2016年度には約4000億円の減損損失を計上することとなった。そのトール案件のEBITDA倍率は9.2倍と、割高感はさほどでもない。表には無いが、冒頭で述べたキリンスキンカリオール買収も16倍と、明らかに割高とは言えない。

当たり前の話だが、EBITDA倍率は一つの目安で、M&Aの評価は買収後の成長やグループ全体のシナジー効果も勘案すべきということなのだろう。

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